ミッドナイトダイアリー第1回 イタリアンコミック「コルトレーン」


「僕は、ただ自分の音楽を吹きたいんです」―コルトレーン本編より

今回から(勝手に)始まった新企画「ミッドナイトダイアリー」

このコーナーでは私SATDANが「深夜に落ち着いた雰囲気で読んだ方が良いかな」と感じたものを扱っていきます(あくまで僕個人の主観です)

記念すべき第1回目はイタリアンコミック「コルトレーン」の感想を綴ります。
コルトレーン (ele-king books)
2015年に刊行されたこの作品はモダンジャズの巨匠「ジョン・コルトレーン」の41年間の人生を描いた伝記コミックになります。


僕自身、今どきの音楽よりもジャズの方が好みですが、レコードを収集するほどではありませんし、専門的な知識も一切持ち合わせておりません。言わずもがな、カバーアートがアルバム「Blue Train 」を描いたものだとは知る由もありませんでした。はっきり言って僕は“にわか”なのです。
では何故このコミックを買ったのかというとアメリカンコミックだけでなく、もっと色々な国のコミックを読んでみたいと思っていた時、丁度この本が目に留まったからなのでした(実質表紙買いです)

しかし結果としてこの作品は僕に不思議な体験をさせてくれたのです。

こちらがアルバム「Blue Train

正直最初にこのコミックを読み終わって最初に思ったのは

「え?これで終わり?」

でした。話自体は確かに激動の人生を描いてはいるのです。しかしどうも抑揚がない。恐らく(表紙を見てもらえれば分かる通り)絵画的な画なのが原因でしょうフルカラーでは無くモノクロなのも相まって、全体的に落ち着いた印象を与えるのです。そのため、全編通して代り映えがしないように感じられました。ノンフィクション作品であることは分かってはいるのですが、緊迫感や躍動感が伝わってこないのは残念でした(勿論コルトレーンのことを何も知らない人間が読むのと、彼のことをよく知る人物が読むのとではだいぶ印象が変わってくるのでしょうが)

さらにこの作品、ハッキリ言って読みにくいのです。

作品の中では頻繁に「時系列をずらす手法」が使われているのですが、これがまぁ分かりにくい。全然巧く無いのです。特に意味もないシーンでも突然時間が巻き戻ったり進んだり、テンポを悪くしているだけ。それに加えて(先程も書いた通り)代り映えのしない画なのでそもそも時系列がずれていることに気付けない。時間がずれるたびにコマの左上に「19○○年」と説明が入るのですがそれを見落としたら最後、わけが分からなくなって前のページに引き返すことは間違いありません。

「表紙の感じから期待したのに、残念だなあ」
そう思って僕はもうこのコミックは棚にしまおうとしていました。

しかしその直前、「せっかくだからコルトレーンの音楽を聴いてみよう」と思い、YouTubeで「コルトレーン」と検索。一番上に出てきた「マイ・フェイバリット・シングス」を再生してみたのです。

僕はコミックを読んだ限り、きっとこの方の演奏は荒々しい演奏なのだろうなと思っていました。

しかし聴いてみて驚きました。確かにそんな感じもするのですが、曲自体はとても落ち着いていて、何となく暗いイメージの曲だったのです。
そしてこの曲を聴きながら僕はもう一度コミックを開きました。

するとどうでしょう。相次いで家族を失い音楽に逃げるしかなかった幼少期、酒とドラッグに溺れ、もがき苦しみながらも自分の音楽を追及していくその姿、黒人差別の記憶、友の死・・・それまで何となく読んでいた風景が、音楽と見事に組み合わさり、僕は途端に物語の世界に引きずり込まれました。これまでモノクロの代わり映えのしなかった絵画的な画は曲の雰囲気とマッチし、コルトレーンを取り巻いていた息苦しい時代の空気を見事に表現しているではありませんか。

そこで僕はようやく気付いたのです。
僕は間違っていたのだと。

このコミックはただ読むだけでは駄目だったのです。
このコミックはずばり、

「コルトレーンの曲を聴いてから読むことによって初めて作品として完成する」

そんな作品だったのです。
正直この曲を聴きながら読むことが無ければ、僕の中でのこの作品への評価が変わることは無かったでしょう(実際にAmazonで見れば分かることですが、この作品の評価は悲惨なものです)
しかし曲を聴いた今は違います。彼の他の曲もいくつか聴いてみましたが、やはりこの作品との相性は抜群でした。彼の演奏を聴いてからこそ、この作品は活きるのだと思います。

もちろん前記した通り、この作品には問題点もあり、文句なく人にオススメ出来る一冊ではありません。しかし彼の曲を聴いて読むことによって、ただの読みにくい作品ではなく、違ったものに見えてくることは間違いないと僕は思います。

そして何より、この作品を読んで良かったのはコルトレーンという人物、そして彼の曲を知ることができたことだと思います。現に僕は今でも「マイ・フェイバリット・シングス」を聴いているのですから。

曲を聴きながら読むことで印象がガラリと変わる不思議な体験だけでなく、これまで知らなかった自分好みの曲を教えてくれた。そんな思い出に残る作品でありました。




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