ミッドナイトダイアリー第2回 ー亡き父と過ごした記憶ーパコ・ロカ『家』


父さん、なんで闘うのをやめてしまったんだい?
ー『家』本編より。

「ミッドナイトダイアリー」
それはSATDANが個人的に「深夜に落ち着いた雰囲気で読んだ方が良いかな」と感じたものを取り上げていくシリーズ。

今からちょうど1年前、『コルトレーン』を取り上げた際に思い付きで始めたものの、その後一切更新されることはありませんでした。
第1回はこちら→ミッドナイトダイアリー 第1回 イタリアンコミック『コルトレーン』

しかし今回ご紹介する作品は内容的にも作風的にもまさにこのシリーズにうってつけ。
というわけで1年の沈黙を破り、遂に第2回をお送りする時がやってまいりました。


復活を遂げた第2回はスパニッシュコミック『家』をお送りします。



スペイン本国で2015年に発表された本作は亡き父との思い出を彼が過ごした家を通して描いた作品となっています。


作者であるパコ・ロカさんは1969年にスペイン・ヴァレンシアに生を受け、ラ・クープラ社より2011年まで刊行されていたポルノ・コミック『Kiss Comix』でデビュー。その後いくつかのエンタテイメントのコミック作品を手掛けた後、“もっと自由に別の形で”(『』収録の小野耕世氏とのインタビューより引用)作品を手掛けたいという思いから2004年、負傷したスペイン兵と灯台守の老人との交流を描いた『灯台』を発表し、その後2007年にフランス、2009年にスペインで発表。老人ホームで生活することになったアルツハイマー病の老人を描いたこの作品は出版後大きな話題となり、2011年にはイグナシオ・フェレーラス監督によりアニメ映画化されスペインのアカデミー賞と呼ばれるゴヤ賞にて最優秀アニメーション賞と最優秀脚本賞を受賞。この作品で一躍有名作家の仲間入りを果たした彼はその後も多くの作品を発表し続けています。


ちなみに『』は日本においても高い評価を受けており、2011年には第15回文化庁メディア芸術祭において漫画部門優秀賞を受賞。本作と同じくShoProBooksより邦訳版が刊行されており、アニメ化作品に関しても三鷹の森ジブリ美術館配給で劇場公開され、ウォルトディズニージャパンよりBD&DVDが発売されています。


本作はそんなパコ・ロカさんが2015年に発表した『la casa』の邦訳版になります。



まず特徴的なのは本の形状。B5サイズに近い大きさなのですが、表紙の画像を見て頂いても分かる通り、普通のコミックとは異なり、絵本のような横長の作品になっています。日本においてもこうした形の漫画と言うのは珍しいのではないでしょうか。


物語としては3人の兄弟が亡き父が休暇中に過ごしていた家に久々に訪れ、それぞれの視点から父と過ごした日々を回想するという形式を取っています。

ここで重要なのはこの作品が描かれたのが作者であるパコ・ロカさんのお父様が亡くなられてから数か月後であるという点。あくまでフィクションという形をとっている本作ですが、作品の根底にあるのは作者自身の亡き父への想いであることが見て取れます。それは本作に登場する3人兄弟の1人「ホセ」の職業が物書きであり、パコ・ロカさんの本名がフランシス・“ホセ”・マルチネス・ロカであることからも明らかです。


タイトルにもなっている「家」は、かつて何もなかった土地に父親(アントニオ)とその子供たちが週末ごとに集まり、土台から全て手作りで作り上げたまさに家族にとって思い出の土地。子供たちが成長し週末に誰も来なくなってしまっても、愛する妻が亡くなってからも、アントニオだけは必ず家の手入れをし、野菜を育て、常に動き回っていないと気が済まない人物でした。

しかしそんな父の死後、維持費が掛かるということもあり家族はこの家の売却を決定。今回の物語はその売却決定後に久々に家にやって来た3人兄弟とその家族を描いていきます。


あたたかな色合いで描かれる家の風景は穏やかでありながらも、大切な何かが失われてしまったという喪失感を感じさせます。非常に細かく描きこまれた庭から見える遠くの風景や丁寧に描かれる室内のオブジェクトは見る人を作品の世界に見事に引き込み、まるで自分が本当にそこにいるかのようなリアリティを感じさせてくれます。

個人的に凄いと思ったのは影の使い方。この絶妙な影があたたかな色合いと相まって何とも言えない優しい世界観を作り出しています。
また、登場人物は少ない線でシンプルに描かれているのですが、表情が何とも素晴らしい。それぞれの心情が見事に表現されており、シンプルでありながらも生き生きとしてるように感じられます。これもまた作品を深みのあるものにしていると思います。

そして巧いと思ったのがこのコマ割り。これが作品の穏やかな空気感を作り出すのに一役買っているように感じられました。

よく同じ大きさのコマをいくつも並べることによって時間の流れや連続性を表現するというのがありますが、この作品ではその技法がより効果的に用いられているように感じられます。その秘密はずばりページの長さにあるのです。
先程も書いたように本作は絵本のような形をしていおり、ページが横長になっているのですが、これによってページを読む際の縦の視点移動が少なく、横の視点移動が多くなっています。ここが重要で、普通のコミックと比べて横の視点移動が多くなった分、時間の流れがゆっくりに感じられるのです。

つまりどういうことかと言うと、ページが横長になっているため横にコマが多く、下の段に移るまでのコマ数が多くなっているのです。これにより、普通にコミックを読んでいる時よりも一段一段が長く感じられるようになり、コマ数が多いことで話がゆっくり進み、ゆったりとした時間が流れているような錯覚を生み出しているのだと思われます。
実際にパコ・ロカさんがこれを意図していたのかは分かりませんが、少なくとも僕にはそのように感じられました。



父がいなくなった家の整理を通して登場人物たちは父の姿に向き合っていきます。久しく人の出入りが無かった家は荒れ果ててしまっているものの、父が確かにそこにいたということを感じさせる様々な痕跡が残されており、登場人物たちはそれに触れることによって、父がどのような人物だったのか、何を考えて生きていたのかを回想すると共に、それぞれが抱える父への想いを再発見していくことになります。

彼等の想いに共通しているのは父を失ったことに対する喪失感と後悔。彼等の記憶にある父の姿は常に働き者で、家の手入れを怠らない人物でした。そんな元気な父親が弱々しく死んでいったことに対する深い悲しみ。何故こんなにもあっさりと。何かしてあげられることは無かったのか。もう少し長生きさせてあげることができたんじゃないのか。そうした彼等の想いが、父の愛した家という空間を通して1つに繋がっていくことになります。

しかしここで重要なのは彼等がこの家を売ろうとしているということ。既に競売に出された状態で話は展開されていきます。父が死んでその存在がこの世から無くなっていくように、父と過ごしたこの家もまた彼等の元を離れ、思い出と共に消えていってしまうのです。


正直僕は読んでいて「売らなくても良いんじゃないかな」と思ってしまいました。これだけ想いの詰まった家を売ってしまうのはどうなんだと。しかし運命は残酷で、物語の終盤、この家の買い手が決まってしまうことになります。そのことを知り、3人兄弟の長男ビセンテも僕と同じようにこの家を手放すことに抵抗を覚えます。

「この家を売るのはおれたちの過去の一部を捨てるってことだな」

そう言って複雑な心境に陥るビセンテ。しかしそこでパコ・ロカさんと同じ名前である次男ホセはこう言うのです。


「そうかな。父さんのことを思い出すのにこの家は必要ないさ」

ここにパコ・ロカさんが本作に込めたメッセージのようなものを感じました。父との思い出が詰まった家、それを売ってしまうことは確かに辛く、躊躇われることです。しかしホセの言うように、たとえ家が無くなったとしても、父親は心の中にいつまでも生き続けています。だからこそ家という過去にいつまでも留まることなく、前に進んでいくこと。それこそが重要なのではないか。そう私たちに問いかけているように感じられました。


そして遂に彼等はこの家を去っていきます。
もうこの家はこのまま誰かの手に渡ってしまうのか。読者の誰もがそう思った時、最後の4ページでこの家で過ごした亡き父の意思が消えることなく、確かに受け継がれる瞬間が訪れます。
その瞬間は是非、皆さんの目で確かめてみて下さい。


スペインの田舎町を舞台に進んでいくストーリー。YouTubeで「My Way」のスペイン語版を聴きながら読むと、家に流れる穏やかで優しい空気を感じることができました。
僕にもこの作品に登場する父親と同じように、働き者で毎日家の庭を手入れしている祖母がいます。正直な話彼女がいつかはいなくなってしまうなど、想像することすらできません。しかしその時はいつか訪れてしまうのでしょう。
今度久々に祖母の横で、夕焼けが差し込む庭で汗を流しながら笑って過ごしたあの時のように一緒に雑草を抜いてみようかな、そう思わせてくれた1冊でした。



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