20年ぶりのリバイバル !!『300(スリーハンドレッド)〈新訳版〉』


ペルシアが迫っていた。大地を揺るがせるほどの大軍の向かう先は……迷信と専制の横行する世界で、理性と自由の光を放っていたギリシア。押しよせる破壊の波とギリシアあいだに立つのは、わずか300人の戦士。しかし、その戦士たちはただの人間ではない……彼らはスパルタ人だった。 

魔術師アラン・ムーアと並び、アメリカンコミックス史における歴史的な転換点を作った生ける伝説の1人、フランク・ミラー
言わずと知れた名作ダークナイト・リターンズを始め、シン・シティ『ローニン』などの作品を描き、ライターとして、そしてアーティストとして後のアメリカンコミックスに多大なる影響を及ぼしました。
彼の作品は日本でも大変人気があり、現在絶版になっているものも含め、多くの作品が邦訳出版社の垣根を越えて刊行されています。
最近では誠文堂新光社より、ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット少林カウボーイ SHEMP BUFFETが邦訳刊行されました。


また、彼の作品の多くは映画化されており、フランク・ミラーの名を映画で知ったという方も少なくないのではないでしょうか。
しかしそうした映画界での活躍が見られる一方で、コミッククリエイターとしての彼の活動はここ数年の間、勢いを失っていました。


ですが最近、彼は再びコミック界での活躍を本格化2015年にはダークナイトシリーズの第3Batman: The Dark Knight: Master Race及びそのスピンオフ作品を発表し、最近ではDCコミックスの新レーベルであるDCブラックラベル」において、ジョン・ロミータ Jrとともに「スーパーマン : イヤーワン」を担当することが発表され、他にも数作品を同レーベルで企画していたりと、続々と新作を発表しています。

Batman: The Dark Knight: Master Race


そんなフランク・ミラーの名作にして、近年入手が困難になっていた作品がこの度、20年ぶりに新訳版で登場しました。

それが『300(スリーハンドレッド)〈新訳版〉』です。

300(スリーハンドレッド)〈新訳版〉 (ShoPro Books)


1998年に刊行され、アイズナー賞3冠、ハーベイ賞2冠を達成した本作は、紀元前480年に起きたテルモピュライの戦いを題材とした歴史スペクタクルです。

テルモピュライの戦いと言えばスパルタ軍を始めとするギリシア連合軍とアケメネス朝ペルシア軍が激しい戦いを繰り広げたことで有名。どちらに軍配が上がったのかは史実の通りなわけですが、本作はそこに至るまでの過程を描いています。

さてこの作品、コミックよりも映画の方が有名かもしれません。2007年に我らがザック・スナイダー監督によって映像化され、2014年には続編も公開されました。


僕も今回この記事の執筆にあたって第1作を鑑賞しましたが、大変すばらしい作品でした。
流石はザック・スナイダー。コミックへのリスペクトが尋常ではありません。全編通して原作の雰囲気、そして原作の絵自体を限りなく再現しようと試みており、コミックのコマそのままのシーンが盛りだくさん。さらにキャラクターの外見から台詞、そして細かい仕草に至るまで、全てにおいて完璧に再現しています。
まさに「グラフィック・ノベルの映像化」という、監督自らが主張した通りの作品になっていました。

しかしここで皆さんに申し上げておきましょう。今回ご紹介する原作コミックはこの映画の数千倍素晴らしいものになっているということを。
それをこれからご紹介していきます。

何はともあれ、まずはストーリーをご紹介しましょう。

テルモピュライの戦い


時は紀元前480年、レオニダス王の治めるスパルタにアケメネス朝ペルシアより使者がやってきます。クセルクセス王の命によりやって来た使者はスパルタに対しペルシアへの服従の印として土と水を捧げるように要求します。

それに対し、レオニダス王の下した回答は使者団全員を穴に突き落とすこと。当然のことながらペルシアはこれを受けてギリシアへ向けて攻撃を開始。100万の兵士を投入し、スパルタを消し去ろうと躍起になっていました。
この状況に、もちろんスパルタも黙っているわけにはいきません。レオニダス王も彼等に応戦すべく、スパルタ軍を率いて戦争を始めようとしていました。

しかし、スパルタでは王の意思だけで戦争をすることはできません。スパルタの王はリュクルゴスの作りし法の下において、聖職者エフォロイの言葉に従わなければならないのです。彼等にスパルタの危機を伝え、認めてもらわなければ兵を出すことは出来ません。

レオニダス王は彼等の説得を試みますが、時はカルネイア祭間近。祝祭の間は兵を出すことは許されません。さらに彼等が従える託宣者が神に代わって「スパルタは滅ぶ。神を信じよ」と告げたことで完全に可能性はゼロに。
こうしてスパルタ軍の出撃は不可能になってしまいました。去り行くレオニダス王をよそに、エフォロイ達はひそかに自らの私腹を肥やしていました。実は彼等は事前にペルシアから賄賂を受け取っていたのです。スパルタ軍の進撃を認可しなかったのも、全ては富と権力のため。自国が滅びようと隷属されようと、腐敗した彼等にとってはどうでも良いことなのでした。

さて、進撃を拒まれたレオニダス王ですが、これで引き下がるわけにはいきません。翌日、王はある決断を下します。それは親衛隊300人を引き連れ、“散歩”に出かけること。あくまで散歩であり、戦争ではないという名目で、彼はペルシア軍を向かい打つことにしたのでした。

こうしてスパルタ対ペルシアの戦いが幕を開けたのです…



勇ましき国王レオニダス


本作の主人公レオニダスはスパルタを治める国王。勇ましいだけでなく、戦いに優れ、寡黙でありながら聡明で冷静沈着な男です。

映画版の彼と本作の彼との違いはその性格にあるでしょう。映画版のレオニダス王には子供がおり、心優しくも強い王として描かれていました。
ですが本作のレオニダスには子供はおらず、口調もより知性的でありながら厳格な雰囲気を漂わせています。妻との別れの際にも残した言葉は一言「息子を作れ」。力強く真の通った男として描かれています。

しかしそれと同時に映画版以上にスパルタという国、そしてギリシアに芽生え始めた民主制国家というシステムを守り抜こうという、彼の強い意思が描かれているのも特徴的。映画版と比べると親しみやすさは少し薄れてはいるものの、その勇ましさは映画版以上。兵士たちの尊敬を集める男の中の男という印象が強くなっています。
個人的にはこちらのレオニダス王の方が好きですね。


戦闘民族スパルタ人


圧倒的勢力でギリシアに押し寄せるペルシア軍。それに対してスパルタの兵はごく僅か。もはや勝機など無いのでは…

そう思ってしまうところですが、そうはいかないのがこのスパルタ軍。少数でありながら各々の戦闘力は桁外れ。そんな彼等が力を合わせれば、たとえ敵が多かろうと問題はありません。「各人が密集して陣形を組み、大盾で左にいる仲間の太腿から首までを守る」というスパルタ流戦術で、敵を一切通すことなく突き進みます。
一ヶ所でも弱点があれば崩れてしまうこの陣形ですが、スパルタ人達の強固な意志と身体能力を持ってすればそんなミスが起こることはありません。スパルタ人の団結力があってこそ実現できる戦術で、ペルシア軍と激突します。

大群で押しよせるペルシア軍がスパルタ軍によって崩されていく様子はまさに圧巻。迫力の攻防戦を是非目に焼き付けてみて下さい。

迫力のアートワーク


そして本作最大の見どころと言えば間違いなくフランク・ミラーの描く力強いアートワークでしょう。劇中のスパルタ軍とペルシア軍の激しい攻防は映画版の迫力に引けを取らず、むしろそれ以上に迫力のあるバトルシーンとなってます。

ミラーと言えば何と言っても「影の描き方」ですが、本作でもその渋いアートワークが炸裂。命を懸けて国を守ろうとする男たちの雄姿、腐敗したエフォロイたちの不気味さ、炎に照らされる登場人物たちの横顔。どれをとってもハードボイルドな作風の彼らしい最高な仕上がりとなっています。
また、レオニダスを始め、ペルシアの王クセルクセスや不死の軍団イモータルズなどのキャラクターデザインも見どころ1つ。それぞれの性格を反映させた個性的なデザインにも注目です。

さらに物語を彩るミラーの元妻であるリン・バーレイの彩色も作風にベストマッチ。彩度を抑えたカラーリングは物語の荘厳さを引き立てると同時にリアルな質感を生み出しており、作品の世界観をますます壮大にしています。ページをめくる度に絵画を眺めているような気分にさせてくれることでしょう。


さて、ここまでご紹介してまいりました300(スリーハンドレッド)〈新訳版〉いかがでしたでしょうか。
ここ数年は書店での取り扱いが少なく、Amazonでも中古のものが多かった作品ですので、復刊を待ち望んでいた方も多かったのではと思います。

スーパーヒーローコミックスではない作品ではありますが、迫力のフルカラーアートで展開される闘いはアメコミならでは。どちらかというとアートがメインですので、絵本としても楽しめると思います。
普段スーパーヒーローコミックスをメインに読んでいる方も、これを機に手に取ってみてはいかがでしょうか。

ちなみに、作者フランク・ミラーがコミック界での活動を再開したことは冒頭でもお伝えしましたが、本作『300』に関しても大きな動きがありました。

なんと今年(2018)に入って、その存在は知られていながら、これまで未発表であった本作の続編、『クセルクセス : フォール・オブ・ハウス・オブ・ダライアス & ライズ・オブ・アレクサンダー』が全5号のシリーズとして遂に刊行されたのです。


本来ならば映画版第2作の原作となるはずだったこの作品、現在(2018年5月12日)の時点で第2号まで刊行されています。
まだ完結していないので何とも言えませんが、もしかしたらこの作品も日本語で読める日が来るかもしれません。その時が来るまでに、本作を読みながら気長に待ちたいと思う限りです。

皆さんも是非、続編も刊行されたこのタイミングで読んでみてはいかがでしょうか。


それではまた次回の投稿でお会いしましょう



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