北で生きる子供達の現実『金正日の誕生日』


2018427日、朝鮮戦争停戦協定の軍事境界線上にある地区、板門店にて、3回南北首脳会談が行われました。

韓国の文在寅 大統領と北朝鮮の金正恩 朝鮮労働党委員長は「板門店宣言」に署名し、核なき朝鮮半島の実現や、終戦宣言の年内実現を目指していくことを表明しました。

北朝鮮、それは我々にとってはまさに未知の世界。正式名称は朝鮮民主主義人民共和国。ミサイル発射や核実験、そして何より拉致問題で日々メディアを騒がせ、今日の世界情勢を語る上において間違いなく重要な国である同国ですが、独裁体制の敷かれた危険な国という印象はあるものの、実際はどんな国なのかは分からないという方が多いのではないでしょうか。北朝鮮で生きる人々は一体どのような生活を送っているのでしょう。

そんな北朝鮮で生きる人々の生活を、1人の少年の目を通して描くバンド・デシネ作品の邦訳版が先日、誠文堂新光社のレーベル「G-NOVELS」より刊行されました。

それがこの作品。『金正日の誕生日』です。

金正日の誕生日1
金正日の誕生日

バンド・デシネとはフランス漫画のこと。本作は2016年にフランス本国で刊行され、11万部を売り上げた話題の作品です。



舞台は90年代、金日成体制の北朝鮮。地元の小学校に通う8歳のジュンサンは朝鮮少年団の団長を務める元気な男の子。
偉大なる指導者様を敬愛する彼には毎年楽しみにしている日がありました。それは2月16日、彼の誕生日です。しかし普通、北朝鮮では誕生日など祝ったりしないもの。けれどジュンサンの場合はみんなが誕生日を祝ってくれます。
なぜなら、彼の誕生日2月16日は“百戦百勝の鋼鉄の霊将”にして“21世紀の世界の首領”、国民を社会主義の奇跡の実現へと導く“優しい父”こと金正日将軍と同じ誕生日だから。毎年この日が訪れるたび、ジュンサンは自分が将軍様と同じ日に生まれることができたことを誇らしく感じていました。

金正日の誕生日2
こちらが本作の主人公ジュンサン

ジュンサンは将軍様が大好き。それは友達みんなも同じです。街の至る所に将軍様の写真が飾られ、聳え立つ巨大な銅像にはきれいな花が沢山供えられます。
彼の夢は友達とともに人民軍に入り、南の操り人形とアメリカの犬どもから祖国を守ること。南朝鮮では子供たちが餓死し、失業率は低く、犯罪率も高い。まさに地獄に等しい場所。偉大な兵士ウェンのように、悪魔どもを叩き潰し、祖国を守らねばなりません。だからたとえ電力が行き届いていなくても、学校終わりに農作業を強いられても、肥料を補うために人糞集めをさせられても、それは祖国のためには仕方のないことなのです。

しかしある日、ジュンサンは衝撃の事実を知ってしまいます。なんとジュンサンのお父さんは南朝鮮生まれの操り人形だったのです!
そしてその血はジュンサンにも…



本作の主人公ジュンサンは純粋で元気な少年。それ故に自身の置かれた環境の異常さに一切気付いていません。例えば学校で金一族の絵を描くと罰を与えられます。何故なら偉大な指導者様のお姿を描くことは才能のある画家にしか認められていないから。たちまち棒叩きの罰が待っています。
また、学校では「自己批判の時間」なるものがあり、全員が自身の過ちを告白し、指導者様の望む姿になれるように自分自身を戒めなければなりません。これを子供達は、さも当たり前のように行っているのです。
さらに、子供たちは死刑囚の処刑を見るのを楽しみにしています。
何故なら死刑囚を撃った弾丸の薬莢は、お守りになると信じられているからです。

金正日の誕生日3
採石場での処刑。罪状は窃盗だが判決は死刑。

我々からすれば考えられないような北朝鮮での日常、これ以外にも本作では、不謹慎ではありますが、「冗談でしょ」と思ってしまうような数々の異常なしきたりや生活が描かれています。
本作はあくまでフィクションではありますが、描かれている内容の多くは現実に起こっていることであることを忘れてはなりません。作品の内容に反して、穏やかなアートで描かれる子供たちの姿は、ページを捲る度に何とも言い難い感情を抱かせます。


指導者様を敬愛し、その教えを忠実に守りながら生活するジュンサン、しかしそんなジュンサン達を、未曾有の飢饉が襲います。ソ連の崩壊により支援が失われ、洪水と干ばつが相まって、生活はどんどん苦しくなっていきました。
物価上昇により食べ物はほとんど買えなくなり、ジュンサンの大好きな『兵士ウェン』のコミックコレクションもたった1冊を残してお米に変えられてしまいました。

そして飢饉がますます厳しくなる中、前代未聞の知らせが届きます。偉大なる金日成元帥様が亡くなられたのです。
偉大なる指導者様の死に、悲しみにくれるジュンサン。そんな中、ジュンサンの父は家族を守るため、中国への脱北を決意します。
国家反逆だと反対するジュンサンでしたが、姉の説得により、中国に行くことに同意。こうして自由への逃避行が始まりました。

しかしそう一筋縄にはいきません。近所に知られればたちまち通報されてしまいます。細心の注意を払いつつ準備を進めた彼等は遂にその時を迎えます。ブローカーに連れられ、中国との国境にある川を渡る一行。これで中国に行ける、皆がそう思いました。

しかしそう思った瞬間、彼等をサーチライトが襲います。なんとブローカーの正体は人民軍の協力者だったのです。脱北者として捕らえられた彼等に待ち受けていたのは、耀德強制収容所での強制労働でした。無能な人間には情け容赦なく死が待ち受けるこの収容所で家族と離れ離れになったジュンサンは次第に正気を失っていきます。人を人として扱わない看守達、体はやせ細り、顔色はどんどん悪くなり、激しい拷問の連続。

果たしてジュンサン達が行き着く先とは…


正直、僕はこの辺りであまりの理不尽さに思わず目を背け、読むのを躊躇ってしまいました。それほどここで描かれる耀德強制収容所での彼等の生活は厳しく、理不尽の連続だったのです。

子供だからと言って人間とは扱ってもらえるわけがありません。当たり前のように銃を突き付けられて休む間もなく働かされ、懲罰刑になった暁には50×50×90㎝の空間に閉じ込められ、ゴキブリやムカデを食べる生活を送る…
あまりにも残酷な描写ですが、何ということか、これでもまだマイルドに描かれているというのです。怒りと悲しみが混ざった言葉にできない悔しさに胸が締め付けられました。

悲惨すぎる懲罰刑の様子

そしてこの理不尽な仕打ちをますます絶望的に見せるのがメラニー・アラーグさんのアートワーク。

ページを捲るごとに元気いっぱいだったジュンサンの顔がやせ細っていく様子は読者の
良心を痛めつけ、表情豊かな描写が読者の心をどん底に突き落としていきます。
さらに、物語が進むにつれて、ジュンサンの絶望感を表すかのようにアートからカラーが消え、白と黒のみの彩色に変化していきます。カラーで無くなった分いくらかショックは軽減される用に思えますが、実際はその逆。むしろ白と黒になったことでますます作品全体の空気は重苦しいものとなり、その悲惨さを引き立てます。

作品の中でも特に絶望的な耀德強制収容所のシーン。ここで描かれているようなことが現実で起きていると考えると何ともやりきれない気持ちになりますが、先程も書いたように実際の現場ではここで描かれている以上に非人道的な行為が行われているという現実があります。
脱北で自由を得る人がいる一方で、失敗して地獄のような日々を送っている人々がいる。
脱北と言う行為に伴うリスクの大きさに気付かされました。

絶望的な生活からジュンサンは大好きな『兵士ウェン』の幻覚を見るように。
白と黒のみで描かれるアートが不穏さを際立てます。

さて、ジュンサン達の物語はこれで終わったわけではありません。強制収容所での生活に耐えきった彼等の物語は、舞台を中国に移します。遂に脱北に成功した彼等を待ち受けていたのは自由———ではなく、中国公安警察の魔の手から逃れながら中国人に成りすます生活でした。常に密告に怯え、一時の油断も許されない毎日、韓国大使館も信用できず、さらには脱北者を狙う悪質ブローカーまで…
ジュンサン達が平和な日々を手にすることはできるのでしょうか。


中国へ逃れられれば平和な日々が待っているかと思いきや、待っているのは厳しい現実。北朝鮮という国に生まれた者の宿命なのでしょうか。様々な物を打ち砕かれたこの頃のジュンサンは、完全に半グレ化してしまっています。生きるために悪行に手を染め、誰も信用することなく生きていくその姿に、かつての純粋で元気だった面影はありません。

脱北によって自由が得られるとは限らない。ジュンサン達を通して、これまでの自分の“脱北”への認識がどれだけ甘かったのか、思い知らされた気がします。

そして物語のラスト、ジュンサンはある決断を下すことになります。金正日と同じ誕生日に生まれ、北朝鮮という国で激動の少年時代を過ごしたジュンサン。彼の選んだ選択に、僕は大きく心を揺さぶられ、感動しました。
彼の下した決断とは、そしてそこに希望はあるのか、是非皆さんの目で確かめてみて下さい。




というわけで、ここまで金正日の誕生日をご紹介してまいりました。皆様、いかがでしたでしょうか。
我々が抱く北朝鮮の現状への興味、そんな疑問に現実から目を逸らすことなく、極めてリアルに答えている作品だったように思います。

この作品は社会派作品であり、娯楽作品として余計なことを考えずに楽しめる作品ではありません。しかし、今日の、そしてこれからの国際社会を生きていく上で、決して目を逸らしてはいけない事実がここでは描かれています。
そして私達もまた、そうした事実に目を逸らしてはならないと思うのです。特に、北朝鮮が身近である我々には決して他人事ではありません。気軽には楽しめないかもしれませんが、それでも多くの人が手に取るべき作品だと僕は思います。

また、巻末には北朝鮮情報専門ネットメディア「デイリーNKジャパン」の編集長でジャーナリストでもある髙英起氏による作品解説も収録。この特典があまりに素晴らしい。現地での取材を通して見えた北朝鮮の風景、そしてジュンサンと同じように北朝鮮で生きる子供たちの生活を、作品の展開に合わせながら丁寧かつ詳しく解説。読後に読むことでますます作品への理解が深まると共に、より深く北朝鮮について知ることができるでしょう。
邦訳版にしか収録されていないこの解説が読めるだけでも、本作を手に取る価値があると言えると思います。こちらも是非合わせて読んで頂きたいところです。


今、我々は歴史の大きな転換点に立っていると言えます。北朝鮮は本当に変わろうとしているのかもしれません。
しかし、そんな今だからこそ本作が読まれるべきだと僕は思うのです。北朝鮮が変わるかもしれない今だからこそ、これまでの歴史に目を背けることなく、過去の教訓として、全ての人が知っておかなければならないと強く思います。だからこそ、今回この作品を取り上げたのです。

微力ではありますが、この投稿を通して、少しでも多くの方にこの作品が知られ、手に取られることを心より願っています。




※本ページに掲載されている画像は出版元である誠文堂新光社様に事前に許可を頂いた上で掲載しています。

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