9月の邦訳に備えよ!『ミスター・ミラクル』byジャック・カービー #1 前編

その男は目を見張るようなトリックの達人…あるいはそれ以上の何かか?諸君は確信するだろう。これから対峙する男が、コミック史上最も奇妙で目を疑うようなヒーローであるということを!諸君は彼のショーを目にし、そのトリックに考えを巡らせるに違いない!しかしその舞台袖で、彼にとって最大の脅威が常に出番を待ち構えている…
それは彼に挑戦する者達と…彼自身の死だ!
彼の名はミスター・ミラクル! スーパーエスケープアーティストがお届けする"殺人ミサイルの罠!"

とある郊外の平原にて、1人の青年が奇妙な場面に出会していた。彼の視線の先には巨大な鍵の付いた鋼鉄の拘束具を付ける男とそれを手伝う小男の姿があった…


「しっかりロックするんだぞオベロン!拘束具が絶対に変形しないことを確かめるんだ!」

自信満々の男に対し小男(オベロン)はいささか不安そうに語りかける

「どうか過去の栄光だけで満足してくれんか!ここ数年の不調…お前さんの時代は終わったのじゃ!」
「何を言うか!時間の経過に私の知識と経験を消し去ることなど不可能よ!」

男のコンディションに不満がある様子の小男だが、そのまま彼は男の指示のままに男を扉の付いた木製の直方体に閉じ込めそして…火を放った!


直方体はたちまち炎に包まれるが男は出てこない。これを見ていた青年はすかさず小男の元に駆け寄る。

「下がっておれ!邪魔をしてはならん!」
「正気か?どうやらショーか何かのリハーサルをしていたようだがこれは…」
「やめろ!お前さんは何も分かっとらん!彼はチャンスを伺っておるのだ!」

男を救出するため青年が勇敢に炎に立ち向かおうとしたその時…


何と拘束されていたはずの男が無傷のまま外に飛び出した!

「なんてことだ!一体どうやって脱出したんです?あなたには数秒しかなかったはず…」「プロのノウハウというやつだよ!死を欺くのに、ミスター・ミラクルには数秒あれば十分さ!」

ミスター・ミラクルと名乗るその男はマスクを脱いで青年と握手を交わす。彼の本名はサディアス・ブラウン。そして青年はスコット・フリーと名乗った。奇妙な名前を珍しがるサディアスに対し、スコットは自分が孤児であり、孤児は誰でも個性的な名前を付けられるものだと説明する。しかし彼には何か隠し事がある様子…そのままそそくさと立ち去ろうとするが…




「マエストロ!新しいお客さんじゃぞ!」

突如現れた車から降りてきたのはインターギャングの下っ端達。どうやらサディアスと何らかの因縁がある様子だが、詳細は説明されないまま一気に物騒な展開に突入。しかしそれを見ていたスコットはすかさず制裁に入る。

「おい!随分荒々しいやり方じゃないか!銃を降ろせ!」
「インターギャングのやり方はこんな程度じゃねぇぜ小僧!今ここで教えてやろうか?」 


というわけで止めに入ったはずのスコットも参戦してあっさりと大乱闘が開幕。思いの外手強いインターギャングに危うくサディアスが殺されそうになるものの、スコットの脅威的な運動神経のおかげでその場を何とかやり過ごすことに成功。サディアスに駆け寄りインターギャングとの関係を聞くスコットに、サディアスは"スティールハンド"という名を口にする…

一方その頃メトロポリスの一室。一見するとそこら辺にいるガテン系の中年がよく分からない謎の装置に右腕を突っ込んでいた…


「ワシの放射線治療中に何のようだスツーカ?」
「主任!部下達がトラブルに巻き込まれたようです…」
「トラブルだと?時代遅れのジジイとドワーフ相手にどうしくじるってんだ?ちょっと脅せば済む話だろうが!」
「それが素早くて強いガキがいたようで…」
「ええい黙れ!通信終了!」

どう見ても放射線が出ているとは思えない「箱の中身は何だろな」みたいな装置から中年が右腕を抜くと…

「ミスター・ミラクルはワシが相手をしてやる!このスティールハンドでな!」


右腕の本当に手首から先だけが鋼鉄という、スティール"ハンド"の名を忠実に守るこの中年はインターギャングのそこそこ偉いボス的存在。小物感が否めない外見の通り、「崖っぷちのチビの負け犬」(本人談)だった男はある日右手を撃たれて負傷。しかし入院先で移植手術を受けたことにより、どういう仕組みなのかはよく分かんねぇ(本人談)けど凄まじいパワーを手に入れた(右手だけ)ことにより驚異的出世に成功。今やチタン製のバーを粉砕できるようになっていた!(どんぐらい強いのそれ…)

しかし元々小物だっただけに、スティールハンドは自身の地位を脅かす存在に敏感になっていた。というわけでスティールハンドはある決断を下す!

「ミスター・ミラクルの件はワシが"直々に指揮をとる"ぞ!」
「なるほど"そういうこと"っすね!」
「了解です!さっそく腕の良いスナイパーを手配します!」

…いやスティールハンドはどうした!


というわけで、今回取り上げているのは1971年に刊行された「ミスター・ミラクル」の記念すべき第1号。物語が中盤に差し掛かってきた所で改めてミスター・ミラクルについてご紹介します。

ミスター・ミラクルとは?

ミスター・ミラクルは今回紹介している1971年刊行の『MISTER MIRACLE #1』でデビューしたスーパーヒーロー。
創作者は"キング"ことジャック・カービー。1970年、マーベルから移籍したカービーはDCから与えられた自由な創作環境を活かし、自身の世界観を余すことなく取り入れたフォース・ワールドシリーズを展開。一連のシリーズはニュー・ゴッズと呼ばれる神々の闘いを題材としており、イザヤ・ザ・ハイファーザー率いるニュージェネシスダークサイド率いるアポコリプスの闘いが描かれました。

シリーズは主に4つの作品から構成され、カービーの担当したSUPERMAN'S PAL JIMMY OLSEN』『FOREVER PEOPLE』『NEW GODSそして今回のMISTER MIRACLEを中心として描れたものの、1974年刊行の『MISTER MIRACLE #18』をもってシリーズは志半ばで打ち切りに。しかしニューゴッズ達の存在自体が消滅する事はなく、現在に至るまで多くのクリエイター達によって彼等の活躍は描れ続けています。


特にダークサイドは現在でもDCユニバースにおけるラスボスに近い地位に君臨しており、先日公開されたザック・スナイダー監督編集によるHBO MAX限定配信作品『ZACK SNYDER'S JUSTICE LEAGUE』でも冒頭でその姿が確認できます。


今回のミスター・ミラクルはそんなフォース・ワールドシリーズの中心人物の1人。彼の正体はイザヤ・ザ・ハイファーザーの息子であるスコット・フリー。かつて結ばれたダークサイドとの休戦協定においてダークサイドの息子オライオンと引き換えにアポコリプスへと送られた彼はダークサイドの部下であるグラニー・グッドネスの孤児院に収容され、奴隷同然の扱いを受けます。"スコット・フリー"という皮肉な名前はこの孤児院時代にグラニーから無理やり付けられた名前。先ほど紹介したスコットとサディアスの対面シーンでスコットが自身の生い立ちを濁していたのはこういった経緯があったのです。
しかしそうした環境でも最後まで純真さを捨てなかったスコットはその後孤児院を脱獄し地球への逃亡に成功。そして今回の物語の冒頭へと続いていくことになります。

「あれ?今までそんな説明あった?」と思われた方も多いことでしょう。実は僕自身も今回非常に驚いたのですが、何とこの第1号、ここまで紹介したスコットの生い立ちについては一切説明されることなく(匂わせすら無い)、最後まで「なんかよく分かんねぇけど異常に強い若造」のまま話が終わります。つまり読者にとっては突然現れた主人公が神の子だったという超展開が待ち構えていたことになります。これまでフォース・ワールドシリーズを読んでいなかった読者からするとあまりの世界観の飛躍に目が眩みそうですが、流石はジャック・カービー。圧倒的パワーのアートに思われず引き込まれてしまいます。キングの成せる技と言ったところでしょう。

ところで何故今になってこのミスター・ミラクル第1号を取り上げているのか?
実は来月末、このミスター・ミラクルを題材にし、アイズナー賞も受賞した話題の作品の日本語版が満を辞して発売されます。

それがこちらミスター・ミラクル
脚本はヴィジョンリバース後のバットマンを担当していることで知られるトム・キング。日本での人気も高く、多くの作品が邦訳されています。アートを担当するミッチ・ジェラッズのシリアスな画風と脚本の相性が非常に良く、連載当時日本でも大きな話題となりました。


とは言うものの、実際のところ日本でミスター・ミラクルは極めてマイナーなキャラクター。その詳細を知らない方も多いのでは?ということで今回そのオリジンと言える第1号を紹介した次第です。


さて、ミスター・ミラクルについての基礎知識は分かって頂けたでしょうか?今回は第1号の物語のうち、前半部分をお届けしました。
果たしてスティールハンドとサディアスの関係とは?そして物語の行末は…?気になる第1話の続きは近日投稿予定!乞うご期待!

今回底本にしたのはこちら。画像は全てこちらから引用しました。

All images are drew by "Mister Miracle by Jack Kirby (New Edition)".


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